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mixiの野口整体コミュから転載
愉氣とは、心を込めて手を当てることです。

↓↓ここから↓↓


放射線被爆の心配がある方は、
盲腸のあるあたり(右下腹部)の上から 愉気(手をあてて気をおくる)を行ってください。
放射能の身体への影響を軽減できます。

被災地付近に野口整体関係者の方がいましたら、方法の周知をお願いします。


★★★ 追 加 情 報 ★★★

30歳以上の方 ・盲腸を切除してしまった方 で放射線被爆の心配のある方は、とくに以下の方法を行ってください。

<整体指導者向け>
胸椎7番左1側を、はじいてゆるめてから、 左から右へ斜め45度上へ向かって愉気。 (その際、左腕少し持ち上げて肩甲骨をゆるめながら行うとよい。)

<一般向け>
・胸椎7番に愉気。 または ・左足の親指の爪の生え際(免疫中枢)に愉気。

↑↑ここまで↑↑


★参考★
mixiアカウントを持っている方は、こちらも参考にしてください。

ももわんこさんの日記

つもさんの日記

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テレビを見ているといろいろと不安になります。
不安になってもしょうがありません。
大事なのは、正確な情報を得て行動することです。

不安な人は、口を大きく開けてみてください。
おそらく、口の周りが固くなっているでしょう。

下腹を「ドンッ」と叩いて気合を入れてください。
下腹が充実したら、呼吸が深くなります。

被災地でない人ができることは、いつもどおりの生活をしてパニックにならないことです。


テレビの映像を見ていると、疑似体験をしたようになって知らず知らずのうちに身体が固くなっています。
ずっとテレビにかじりついている人は、素数でも数えて落ち着いたらさっさと寝ちゃってください。


腹に氣を沈めて、自分になにができるか考えましょう。

災害時に一番大事なのは冷静な判断力です。
特に大地震の後は、余震がひっきりなしに来るので、気持ちが落ち着きません。
体が強ばっていて、疲れもひどくなります。
私も阪神大震災のときに余震で気が滅入りました。

整体の知識がやくにたつかもしれません。
試してみてください。

大事なことは、
肩、首周辺の力が抜けて、氣を落ち着けることです。
下腹に心が落ち着くと、気持ちが落ち着き呼吸が深くなります。



【落ち着かないとき、浮ついた心の沈め方】

1 両手の中指をみぞおちに当て、「ハアーっ」と大きく息を吐く。
2 それを3、4回繰り返す 。
3 へそから指3本分下を中心に下腹を両手で数回叩きながら、最後に「ウンっ」と気合を入れる。
4 下腹に力が入れば、気持ちが落ち着く。



【落ち着かないとき、浮ついた心の沈め方 2】

1 丹田。へその下指3本分のところに片方の手のひらを当てて、もう一方はそれに重ねる。
(左右のどちらを上にするか、しっくりする方を選ぶ)
2 手のひらで下腹を温める気持ちで押さえていると、呼吸が深くなり気持ちが落ち着く。



【手のひらの中心の、鎮心の急所を押さえる】

1 手のひらの中心の位置、中指を折り曲げて指先が当たる位置を押さえる 。
2 中指でそのまま押さえてもよい。
心臓がドキドキするときに効果がある。



【気持ちが落ち着かない時は、肩に力が入っていないか確かめる】

1 力んで上がっている肩をもう一段上げるように力を入れて、「ホッと」力を抜く。
2 肩を後ろへ回し、前へ回す。
3 首周辺の力みが抜けると視野が広くなる。



【気分が興奮して休まらないとき、眠れないとき】

1 両手をこすり合わせて温める。
2 両手を目に当てて温める気持ちで押さえる。
3 首の後ろに手を当てるのも有効。
4 へそから指三本分下の丹田を片方の手で押さえてもう一方の手を重ねる。
5 呼吸が深くなって力みが抜けやすくなる。



【蒸しタオルが作れる場合(電子レンジ等で)】

・目に当てる
・耳に当てる
・顔全体に当てる
・首の後ろに当てる

両手をこすり合わせて手を温めて、その手を当てても効果があります。


地震のショックと余震の恐怖で体が固くなっていると思います。
一番疲れているのが、首周辺です。
酔ったような感覚がある人は、耳に手を当てたり、蒸しタオルを当てると和らぎます。


余震の中、眠るのも一苦労だと思います。
なるべく気分と体を休めるために役立ててください。
回まで少し哲学的なことを書いてしまい、行き詰ってしまいました。
私はすぐに考えを抽象化しようとしてしまうようです。
そして煮詰まって考えが一人歩きしてしまいます。

しっかりと地に足をつけた文章を書きたいと思っているのに、上に上がってしまうは私の体癖のようです。


癖とはその人のもっている感受性の癖です。
感受性というといろいろなものの複合と言えるので、「感じ方」といったほうがいいかもしれません。
感じ方が人それぞれ違う。
それに癖がある。
いつも同じように感じてしまう。
それを体癖といいます。


なぜ体の癖かというと、感じるのは体で感じるからです。
認識するのは、頭です。
イメージや言葉です。
それ以前に「感じる」ことがあります。
言葉以前も感じることがあるのです。
別の言い方では、「氣」とも言います。
「なんとなくそんな氣がする」のレベルの話です。
言葉にできない感じ方のことです。


体と感じ方は関係があります。
いつも下を向くような人がいるとします。
胸が縮んでしまう癖のある人です。
いつも下を向いている人は、気分が落ち込みやすくなります。
悪いことをしているとか、暗いヤツだとかそんな複雑なことではないんです。


ただ、自分の体の癖を自分の性格だと思い込んでいる。
体癖は性格というよりは、性質といったほうが近いと思います。
性格は、環境など後天的なものと性質の合わさったものです。
性質は素質です。


性質は、その人の行動や感受性に影響を与えます。
感じ方の材料と言ってもいいかもしれない。
材料にいつも同じものが入っているので、出来上がるものにいつもその風味がある。


れを体に見出したのが体癖です。
心とかいうワケのわからないものでなく、体に見出しているところがすごいところです。
体にその性質が現れている。
だから、自分で気づくことができる。
自分で気づけば、それに囚われない。
いろいろ対策を施すことができる。


体癖を見つけた人に感謝、感謝です。
野口晴哉先生なんですがね。


胸が縮む癖のある人は、上を見れば気分が変わることを知ればいい。
胸を緩めるような体操をすればいい。
腰椎5番が固いのを弾力がでてくるように鍛えればいい。
気分が落ち込んだ時に、自分を責めることはないと知ればいい。
体を鍛えるのがしんどかったら頭を鍛えればいい。
癖は体の要求だから、要求に身を任せて思う存分縮めれば、後は伸びてくる、と考えればいい。
気分が落ち込みやすくなる周期を知るのに、体を観察すればわかるかもしれない。


性質はどうであれ、後天的に工夫して、学んで、変化できるのが人間の能力です。
頭が発達しているから、自分で自分を作ることができるんですね。


おっと、また上に上がって煮詰まってきました。
今回は、ここらで終わります。
最期まで読んでいただき、ありがとうございました。

なかなか考えがまとまらずに少し間が空いてしまいました。
遅くなりましたが、今年もよろしくおねがいいたします。

今回のテーマは「やらなければいけないことができない理由」です。
行動しなければいけないときのヒントになるかもしれません。



りたいことをやらないと人は弱くなります。

「~ねばならない」
「~をしなければならない」
の中には、その人の要求や感情がないからです。


心や体の「要求」「感情」を無視して行動しようとすると、心が一つにまとまりません。
心が一つにまとまらないから、体も一つにまとまりません。

体が一つにまとまっていると大きな力を発揮できます。

仕事を嫌々やったり、横着にやると疲れやすいですが、
本腰を入れてやると疲れにくいのは、体が一つにまとまっているからです。




りたいこととは何でしょう?

やりたいこととは、

・心からやりたいこと
・楽しいこと
・好きなこと
・やらなければならないと納得していること

です。

やらなければならないことでも、それを納得して行動しているなら弱くはなりません。
納得しているときは、心が一つになっているからです。



いうことは、

「やらなければいけないこと」
ができない理由は、

本当に感じていないからです。
あるいは、納得していないからです。

言葉にすると当たり前ですが、よくあることです。



テスト勉強をしないといけないと分かっているのに、全然できない。
子どもに片付けをしなさい、と言っても全然覚えない。

テスト勉強をしないといけないと理由を、本当には分かっていないからできないのです。
片付けをしないといけない理由が想像できないから、覚えないのです。



想像力が必要です。
テスト勉強をしないとどうなるか、想像できると言われなくてもやるでしょう。
片付けをしないと誰が困るか、想像すると片付けたくなるかもしれません。

想像力は感性が元になっています。
想像するのは、積極的な行為だからです。

「勉強をしないとあなたが困るのよ」
「片付けをできない子になったらどうするの」
では、想像はできません。



言葉だけでは、想像はできません。

勉強をできなくて悔しい思いをしたり、
知らないことを知る楽しみを体験したり、

体験して、感じるから想像できるのです。

想像したことは、行動になります。
行動できない人は、想像できていないのです。


得とは、
体験から生じる想像だと言い換えることができます。

行動までのプロセスを図にしたのが下記です。


体験 → 感じる → 想像(言葉、イメージ) → 行動


これらは、いずれかが一番初めになるわけではありません。
体験するには、行動が必要です。
循環しています。

この流れを妨げないのが行動するためのコツです。



「~ねばならない」
「~をしなければならない」
を続ければ、「感じる」のが嫌になってきます。

「感じる」のが嫌になれば、「体験」するのも嫌になります。
悪循環ですね。

嫌なことばかり「感じる」と、
次の想像が嫌な「想像」ばかりになります。



いま、悪循環に陥っているなら、
「感じる」のに関係する体の柔軟性を高める
「想像」に関係する知識を増やす、言葉を増やす。

が、できることです。


し強引ですがまとめてみました。
私の体験から得た考えなので、
あくまでも、一つの意見として理解してください。

最後まで、読んでいただきありがとうございました。




口晴哉先生が、

「~ねばならない」
「~をしなければならない」

で行動すると人は弱くなる、とよく著書に書いていますがなぜでしょう。


ぜそうなるのか話す前にまず「弱くなる」とはどういうことか考えてみましょう。

野口整体では、

・ 病気一つしない健康体とか、
・ 痛みや悲しみなどを何一つ感じない強靭な心

というような人を強いとは考えていません。


では、どんな人が強い人でしょう。

・ 身体に故障があってもそのように生活でき、
・ 風邪を引いたら熱を下げるのでなく、経過させる心の余裕を持ち、
・ 自分の要求に従って行動できる人。

ひとことでいうならば「素直な人」でしょうか。


笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣き、
いつまでもこだわらないような心の持ち様を知っている人。

そういう人が本当に強い人だと思います。


野口整体でいう強い人を定義するなら、
「積極的に行動できる人」
と言えると思います。

自分の要求を行為で表すことのできる人とも言えるでしょう。


はいっても誰もが自分の感情をそのまま直接表せないとダメだと考えているのではありません。
泣く、笑うという表現方法でなくても人は表す事ができます。

例えば、
音楽という形で表現する
詩という形で表現する
手紙で伝える

自分の表現方法を持っていれば良いと考えています。

もちろん考えなければいけないのは、
他人を傷つけたり、自分を傷つけたりする方法は良くないという事です。

自分の表現方法を持っている人は、自分を表現するという「行動ができる」人です。


こでもう一度考えてみます。

「~ねばならない」
「~をしなければならない」

の人はなぜ弱くなるのでしょう。


そこにその人の「要求」や「感情」がないからです。
人は不思議なもので「要求」や「感情」を感じないと
行動できなくなるのです。


「~しなければならない」と考えている人は、
一見行動しているように見えますが、

自分で考えて、
やりたい事を知り、
そのために勉強をして、
やりたいことをやり、
生き生きと生活する、

というように積極的に行動することができません。


積極的に行動できない人は、自分の深い所で「要求」や「感情」が昇華されないまま渦巻いているのです。
それが、身体の不調として表に出てくるのです。

自分の「要求」や「感情」に敏感になることをしていないと、自分がなにをやりたいのかわからなくなり、「要求」や「感情」の昇華の仕方がわからなくなります。

そうすると、いつまでも不安や不満が消えなかったり、他人を傷つけてみたり、最後には自分を傷つけることにもなってしまうのです。



口先生は「全生」ということを言われています。
元は禅の言葉ですが、全部生きるということです。

命を全部使い切れば、後は安らかに死ねるというのです。

最後に少し重い話しになりましたが、
次回は、「行動と感情と想像」のようなテーマで続きのお話をしていきます。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。


本語には、身体の状態を表して感情を表現する言葉がたくさんあります。

「腹が立つ」
「頭に来る」
「断腸の思い」

沖縄では、「チムドンドン」なんていうのもあります。
チムとは、肝臓の事らしいです。
胸がどきどきすることらしいですが、心臓ではなく肝臓であるところが面白いです。
実は、姿勢によって心臓がドキドキする人と、肝臓がドキドキする人がいるのです。
なぜそうなるのかはまだ説明できませんが、いずれできたら良いと思っています。


身体言葉を使う人は、感情とは身体の感覚を認識することで発生する物であることを知っています。
怒っているから腹が立つのでなく、
腹が立っていることを認識して怒っていると感じるのです。


かし、脳がすべてだ、と言う人は違う認識のようです。
西洋の人の感情に対する考えも少し違います。

心理学は西洋人の考えたものですが、それらの本を読んでも感情とはなにかを理解するのは難しいと感じます。
なにをそんなに難しく考えているのか、と思う事もあります。

脳が心を作っていると考える人は、感情も脳が発すると考えているようです。


は、
知覚(感じること)が先にあって、それを脳で認識するから心が生まれるのだと考えます。
その認識が細かいところが、人間の脳のすごいところで、だから人間の心はこんなにいろいろなものを生み出せるのです。

でも、知覚の鈍い人、感情のとぼしい人はそもそも心の源泉が少ないのでできることが限られてきます。


野口晴哉先生の著書にはよく、
「~でなければいけない」「~をやらねばならない」
で行動している人は、弱くなると書かれています。

その人の欲求や要求を土台にして行動しないとメリハリが出てきません。
欲求や要求の元は身体の知覚です。


それを無視して行動していると、自分の感情が分からなくなってきます。



口先生の著書に「心の使い方」という言い方が出てきます。
心は使えるというのです。

私もそう思います。

心は自分の中にある時もあるし、外にある時もあります。
遠く宇宙のはてまでも飛ばす事もできます。


でも、脳が心を作っていると考えている間は、心を自由に使うことは難しいと思います。
自分の知覚や感情が心の源である、それを認識して心が生まれる。
それがわかればコントロールする事もできる。
認識、制御するのが脳の働きだと理解すると心を使う事が簡単になってきます。

もちろん訓練は要ります。
自分の感情を知るために、身体の柔軟さが必要です。
心を制御するには、意思と想像の関係性について知る必要もあります。


心にベクトル、方向性を持たせると使えるようになりますが、その時に意思の力を使うと難しいのです。
空想や想像を使うことがコツです。

ベクトルや方向性を持たせるには、目標やゴール(最終地点)を認識することも大事です。



しは心の使い方が分かって来ると改めて思うのが、日本語に身体言葉がたくさんあることの凄さです。
身体言葉は、自分の感情にとらわれて感情でいっぱいになってしまう人からは出て来ないのではないかと思います。
身体言葉を使っていた昔の日本人には自分の心を使える人がたくさんいたのかもしれません。


プロフィール

tamon

Author:tamon
整体師首藤多聞の個人ブログ。
茨木市しゅとう整体非公式ブログ
一介の整体師として思っていることをつらつらと書いています
興味のあること、
野口整体、背骨、筋肉、心と身体の関係。
人間を理解するのに、身体というアプローチの方法がある事を教えてくれた整体の考え方に感謝、感激している毎日です。

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