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野口晴哉先生の著書を読んでいて、「数息観」というのが書いてあったのでやってみましたが、なかなか良いものです。

ただ、座って、目を瞑って自分の呼吸を数えるというものです。
本来はインド等で行われていたもので仏教の修業でもあるようです。そこでは、色々な条件があるようです。
でも私は、ただ目を閉じて自分の呼吸をを数えるだけでいいのではないかと思います。
(野口先生もそれ以上に何も書いていません。)

野口整体の訓練にはこのように単純なものが多いです。
一番始めに習うのは合掌行気と言って、両手を合わせて、手のひらに気を集中する訓練です。
ただ、それだけの訓練です。

何故、そのような分けの分からない訓練をするのか今まで分からなかったのですが、野口先生の著作にヒントが少し書いてありました。
息を数えるという単純なことをずっと続けるのは難しい。
それを、100,150,200とだんだん増やしていけば、集中力が付くというものです。
「なるほど!」と思いました。

私が合掌行気を始めた頃は、なかなか集中できなくて頭で「う~ん」と言いながら手のひらに集中していたものです。
でもそれでは疲れてしまいます。
本当に集中していれば、疲れないものです。
やがて、手のひらでもう一つの手のひらを感じるようにして、その感覚を味わうようにすると集中が続くようになりました。

野口整体で一番大事なことは、集中するということです。
その集中力を養うための訓練だったのですね。

面白い話では、「畳の目を数える」というものもあります。
なんでそういうことをさせたのか分からなかったのですが、それも集中力を養う訓練だったのだと思います。

さて、数息観をやってみて、もう一つ面白いことに気付きました。
それは、息を数えることによって、息をするということに客観的になるということです。
「あっ、今深く呼吸した」
「なんか短いな」
「始めは間隔が短かったのに、だんだん長くなってきた。」
と客観的になるにつれて、息が深く、長くなります。
集中が増すと、自分が呼吸だけになるように感じます。その自分をどこか上から見ている感覚です。

息というのは、自分の感情などに連動して短くなったり、浅くなったりします。
その息をいったん突き放して見ることで身体の自然に沿った呼吸になるのだと思います。

私が昔、いろいろ悩むことがあって、禅の本などを読んでいた時にも、「いったん自分の心を離れなければならない」と言うようなことが書かれてありました。
自分の心が自分だと思って、その心に振り回されていたのです。

その言葉を思いだしました。

「数息観」、集中力をつけたい人はやってみると良いかも知れません。
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人は息を吐く時に身体が緩み、息を吸う時に身体が固くなります。

これを確かめる簡単な実験方法があります。
二人一組で片方の人がもう一人の人を持ち上げます。
その時に、持ち上げられる人が息を吐きながらの時と、息を吸いながらの時の重さを比べてみ下さい。

息を吐きながらの時は、重くて持ち上げにくいはずです。
緩むと、重心が低くなって持ち上げにくくなります。
また、柔らかいので力の入れ具合が分かりにくいので持ち上げにくいです。
酔いつぶれた人を抱きかかえようとするとやたら重いのと同じです。
息を吸っている時は、固くなっているので重心が高くなり持ち上げやすいはずです。

武道でも、技を掛ける時に声を出しながら掛けるのは、声を出し息を吐く身体が緩むからです。
緩んで整った状態で技を掛けた方がより相手に対して効果があります。

人は緩むと重心が腰に落ちて身体がまとまって整います。
でも意識して緩もうとしても難しいのですが、声を出して息を吐くと割合簡単に緩みます。

息を吐くと言っても、普段呼吸を意識しないので、吐こうとして力んでしまう時もありますが、そういう時は声を出すのが有効です。

身体を緩めたい時には次の3つを試してみて下さい。
「ハアーーー」
「フウーーー」
「ホーーー」
です。

いずれも疲れた時に人は無意識にやっています。
「ハアーーー」は頭が緩みやすいです。
「フウーーー」は息を詰めている時、または腰が緩みやすいです。
「ホーーー」は背中が緩みやすです。「ほっ」でも良いです。

野口整体でも邪気吐出法と言ってミゾオチを押さえながら、身体を屈めるようにして「ハーーー」と言って息を吐きます。
また、最後に「うーむ」と言って息を下腹に落とす訓練もします。

この「うーむ」といって息を下腹に落とすのも、イメージなどを使うと難しいのですが、なにも考えずにただ「うーーーむ」と少し長く言えば勝手に息は下腹に落ち、気持ちが落ち着いて来ます。
何か気合いを入れなければならない時や、緊張して上がってしまった時などにやってみるといいでしょう。

少し脱線しました。

先に書いた「ハアーーー」「フウーーー」「ホーーー」以外にもいろいろ試してみて下さい。
ハ行は緩む音のようです。ちなみに「へーーー」は胸が緩みます。
このように音が身体のいろいろな動きに作用するのを言霊と言います。

アは上に上がる、ウは下に下がるなどがあります。
試しに「あー」と良いながらジャンプしてみて下さい、また「うー」といいながらしゃがんで下さい。やりやすいと思います。
逆の音でやってみて下さい。とても気持ち悪いと思います。
できないと言ってもいいぐらいです。

最後に、全身がほどよく緩むのは「すーーー」です。
日本語の「す」です。外国人のように口をとがらせて「す」と言っては言霊が発動しません。
三脈の法というのがある。

これは、片一方の手の指で首の左右の頸動脈を触り、もう一方の手で手首の動脈を触り、三つの脈が同時に感じられないと自分の身に危険が迫っている、とされているものらしい。

元は忍者に伝わる方法だったらしいが、詳しい事は知らない。

最近、ネット上で三脈の法という言葉をよく見る。
地震やら、台風に対する危機感によって流行しているみたいだが、「三脈が合わない!」という書き込みをよく見るので少し笑ってしまった。

三脈の見方には少しコツがいる。
自分で自分を触るのだから、客観的に見るのは少し難しいのだ。

強く押さえると脈は乱れるし、指の脈を感じるている事だってある。
また、この方法を試す時はドキドキしているので、気分によって乱れていると感じることも多々ある。
飛行機に乗って試すとなんだか三脈が乱れているように感じるものだ。
(乗ってから試しても遅いのだが)

ではどうするかと言うと、脈だけを感じるつもりで軽く押さえるのがコツだ。
これを気で見るというが、要は触覚だけで感じようとしたらダメだという事だ。

どうやら人間というのは強く押すと主観的になるらしい。
指で探るのではなくて自然のリズムである血流を見るつもりで軽く触る。

こうすると、強く押さえたときと全然違うように感じるから面白い。

動物などは危険が迫ってくると先に察知してその場を離れるらしいが、人間も頭では気付かないだけで、身体は察知していると信じるところにこの方法が編み出されたのだと思う。

強く押さえると、「危険じゃないだろうか」という主観が働いて、かえって身体の野生の判断を受け取る事ができなくなる。

自分の身体の野生を信じて、その判断に身を任せられる人にこそ有効な手段であって、そういう心構えがない人が付け焼き刃でやっては判断を間違うのではないかと思う。

でも、この現代のインターネット上でこんな原始的な方法が流行っているのが面白いので、興味のある人はどんどんやってみたら良いとは思う。


プロフィール

tamon

Author:tamon
整体師首藤多聞の個人ブログ。
茨木市しゅとう整体非公式ブログ
一介の整体師として思っていることをつらつらと書いています
興味のあること、
野口整体、背骨、筋肉、心と身体の関係。
人間を理解するのに、身体というアプローチの方法がある事を教えてくれた整体の考え方に感謝、感激している毎日です。

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